市議会にも心理的安全性を

今年の年明けの幹事長会議(各会派の代表者の会議体)で、12月定例会の文教委員会での私の発言に問題があったと、公明党の議員から指摘がありました。以下が問題とされた発言です。留保地に関する内容です。

「あまりこういうことを申し上げたくないんですけれども、やはりこれだけ市民軽視、議会軽視で進めてくると、私の耳にもやはり複数の方から、これで何かキックバックみたいなことがあるという話が、何かブラックな話があるんじゃないのかと、そういう疑念の声もやっぱり起きてしまっているんですね。

先ほども、ぜひみんなで楽しみにしたいよねという、そういうものにしていきたいものを、そういう疑念を抱かせるようなことになってしまっているということは、ぜひ皆さんで共有していただいて、そういうことにならないようにという努力はぜひしていただきたいというふうに思っています。」(市議会会議録より)

「キックバック」という言葉を使ったこと、事実関係を確認しないまま、こうした言葉を使ったことが問題視されました。「犯罪に関する言葉の使用」を規制するルールを作るべきとの提案もされました。

議会は言論の府ですので、誹謗中傷や禁止用語、ヘイトなどはもっての外ですが、発言の権利は最大限保障されなければ、そもそも健全な議論ができません。(その保障のもとに、私自身もかなり辛辣な批判にさらされてきています。)

私の委員会での発言は、市長や行政と民間の間に良からぬ関係があるのではないか、という市民から聞こえてくる疑念の声を伝えたものです。行政が民間と進める協働事業では、プロセスを不透明にしてしまうと、こうした疑念が起きがちです。だからこそ、市の「市民参加手続ガイドライン及び協働推進ガイドブック」でも、民間との協働でもできるだけプロセスは透明化すること、とされています。今まさに調布市内ではそうした疑念の声が起きているため、その事実を通して、今後の市の取組みを質そうとした発言でした。

「キックバック」の部分だけを取り出して批判対象とし、それを幹事長会議の場で指摘し、議会のルール変更にまで反映させようとすることで、批判された議員は何を意図されていたのでしょうか。

幹事長会議では、「キックバックがある」と言っているわけではないこと(議事録からも明らか)、こうした発言を縛るルールは作り始めたら際限がなく、議員の発言権を不当に縛ることになるので、作るべきではないとの意見を述べました。

加えて、私が昨年受けたハラスメントや、正副議長(当時は井上こうし議長と内藤みき子副議長)に2度に渡り求めた対策と改善が十分におこなわれなかったことに言及し、まずはこうしたハラスメントへの対応に力を入れることを訴えました。(申し入れについては、調布・生活者ネットワークのウェブサイトで報告しています。)

話し合いの結果、既存の倫理規定などを根拠に、議員は発言に配慮することができるので、新規のルールは必要ないとの結論に至りました。

残念ながら、ハラスメントに関する訴えは取り扱われませんでした。その後も、発言の端々を捉えて他の議員を批判する場面があると感じています。議員として、まだまだ発言力を磨かなければならないことは認識しています。しかし、明らかなハラスメントには見て見ぬふりをしておきながら、一部の議員(主に少数会派の女性議員)の発言は厳しく批判し、発言を制限しようとするのはなぜなのでしょうか…。

先日、市内中学校の入学式で校長先生から伺った「心理的安全性」についてのお話が思い起こされます。誰が何を発言しても批判されず、排除されない「心理的安全性」が確保されていて、少数の意見も尊重される集団でなければ進歩もない、というお話でした。

市議会は民主主義のお手本でなければならないところです。これから仲間の心理的安全性を意識しながら、民主的に学級づくりに取組む中学生の皆さんに恥ずかしくないよう、市議会も進歩していけるよう力を尽くしたいと思います。